「本当に雨が嫌いなんだねえ」
半ば呆れ、半ば感心するように友人が言った。
「ごめんね。お茶、また今度誘ってよ」
私の「雨嫌い」は有名らしく、他の友人達も、仕方がない、と言う風に笑っている。無理もない。雨が降り出すと、いつもその後の講義は放り出して急いで帰ってしまうし、朝から雨が降っていればそもそも学校自体に来ない。雨が降り続けば何日でも学校を休む。そうして、雨が上がった日に晴れやかな顔で登校するのだから。
ロビーでまだ談笑を続けるらしい友人達に別れを告げ、私は雨の中家路を急ぎ、走り出す。早く。早く帰らないと。雨が。止んでしまう。
部屋に着くと、靴を脱ぎ散らかし鞄を放り出して、ベッドに潜り込む。布団を頭から被り目を閉じる。
絶え間なく聴こえる雨の音。今、この小さな四角の部屋を包むように降りしきっているのだろう。横も、上も、真っ直ぐに天から落ちてくる、無数のか細い槍のような水が、この部屋を取り囲んでいる。日頃うるさい近所の主婦の立ち話も、子供の泣き声も、車の音も、雨の降る日は聞こえない。ただ、雨の音が単調に、柔らかに、いつまでも続くのみ。窓から入る光は、晴天の時の無神経な白色ではなく、雨雲を透かした柔らかな灰色。
布団と、雨と、薄闇に包まれて、心が穏やかに沈んでいく。
泣けなくなったのはいつからだろう。
以前は、事あるごとに泣いていた。心が痛むたび、意識せずに自然に涙が零れていた。「涙は女の武器」というけれど、そんなつもりは毛頭なく、自分でも止めようがなく涙が零れていたのだ。けれど泣かれる方にとってはたまったものではなかったのだろう。泣かれるとそれ以上何も言えなくなってしまうのだから。
「勘弁してくれ」
溜息と共になげやりに吐かれるその言葉が、大嫌いだった。そしていつしか、私の涙は出なくなっていた。
降りしきる雨の音は、出なくなった私の涙の代わりに溜まった痛みを洗い流してくれる。雨の降るときだけが、涙の出ない私の泣ける時。だから雨の日はいつも待ち遠しく、何物にも代えがたい。
明日、雨が上がったら、きっと私はすっきりとした晴れやかな顔で出かけるのだろう。そうして、皆、私が嫌いな雨が上がって喜んでいるのだと思うのだろう。そう考えると少し可笑しくて、私は一人布団の中で笑った。