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作り話
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JET戦兵―作り話




2003/05/29(木)
   翼-0

―何だろう

いつも通りベッドの中で目を覚ました少女は、いつもとは違う背中の感覚に身を起こした。上体を捻り見たその背中には、一枚の翼。飛ぶ事も出来ない中途半端なその存在に途方に暮れる。家族に見せるべきだろうか。そう思い部屋を出た彼女を包むのはひたすらの静寂。家の中も、外も、今までに経験した事のないほど静まり返っていた。

家族を、人を、自分以外の人間を探して少女はふらり表へ出る。人通りの激しいはずのこの時間に、街を歩く人は誰一人いない。不安に泣き出しそうになるのを押さえ闇雲に歩き回る。

幾つ目かの角を曲がった時、ようやく一人の人間に会った。自分とは反対の肩に一枚の翼を生やした男。男は嬉しそうに少女に話しかける。

「良かった。まだ人がいた。私は君を探していたんだ」

少女をいざなうように手を差し伸べる。

「さあ、私とイデアの国へ行こう」

「イデアの国?みんなは?」

「もうみんな行ってしまったよ。それぞれに相手を見つけ、二枚揃った翼でイデアの国へ飛び立っていった。」

男は少女の手を取り引き寄せる。

「全てが完全なる世界イデア。君こそが失われた我が半身なのだろう。さあ、共に飛び立とう」

少女はその手を振り払う。

「何故拒む?君にはもう選択の余地はないのに。私と共にあらねば君はイデアへ行くことができない」

少女は黙って、自分の翼に手を掛けた。渾身の力で己の体から生えたそれを引き剥がす。めりめりと嫌な音を立て、肉と翼は別たれた。

「あなたを選ばねばイデアに行けぬというのなら、私は翼を捨てて地に残る事を選ぼう」

そう言うと少女は、わずかの肉と、滴るほどの血をその根元に付けた翼を地に投げた。男が慌てて地に這い、拾った翼を懸命に自らの背中に押し当てる様を一瞥すると、少女は踵を返し、角を曲がって姿を消した。