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作り話
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JET戦兵―作り話


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2003/4/15(火)
   翼

霧深い崖の上に、その小さな町はあった。

一段と霧の濃い、ある日曜の朝遅く。少年が目を覚ますと背中に一枚の翼が生えていた。驚いて家族を呼ぶが、家の中は静まり返っていた。部屋を出て、家中をうろつくが、誰も居ない。ふと気付けば、家の外も気味が悪いほどに静まり返っていた。日曜の朝だというのに子供の騒ぐ声も、市を開く大人の声も聞こえない。

ふらり扉を開けて通りに出る。誰も居ない町。あてもなく少年は歩く。誰にも会えず泣きたくなった頃、ふいに霧の中から人が現れた。一枚の翼を少年とは逆の肩に生やした一人の女性。

「良かった。まだ人がいた。」

女性はそう言うと両腕を広げ微笑んだ。

「さあ、イデアの国に行きましょう。」

「イデアの国?」

「そう。もうみんな行ってしまった。それぞれに相手を見つけ、二枚揃った翼でイデアの国へ飛び立っていった。」

「イデアの国って?」

「空の向こうにある、全てが完全な世界。私たちは昔みんなそこに居たの。けれど犯した罪によって、みんな地上に落とされた。完全な存在だった私たちは、男と女という不完全な存在に別たれて、この不完全な世界に落とされた。あなたも聞いたことはあるでしょう?」

少年は頷いた。小さい頃に聞いた話。御伽噺だと思っていた。

「背中に生えた片翼は罪が許されたしるし。不完全な者同士が寄り添い、補い合ってイデアに帰る。あなたと私は、昔イデアで別たれた一つの存在だったのかもしれない。さあ行きましょう。」

女性が手を差し伸べる。しかし少年は首を横に振った。

「不完全な者同士が寄り添っても、完全な存在になんて、なれない。自分の事も助けられない不完全な人間が、他の人間を支えることなんてできないよ。」

その時、霧を割って一人の男性が現れた。女性とは逆の肩に一枚の翼を生やした男性。

「ああ、良かった。まだ人がいた。」

女性は哀れむように少年を見て言った。

「そう。なら私はこの人と行くわ。寄り添うことを知らない可哀想な子。」

男女が霧の中に消え、少年はまた一人になった。今度こそ誰も居ない、一人きりの町。もと来た道を引き返し、家に戻る。月曜になっても、火曜になっても、誰も居ない町。一人で食事をし、本を読み、いつも通りの生活を続け一週間が経った。

珍しく霧の晴れた日曜の朝。少年が目を覚ますと背中にもう一枚の翼が生えていた。少年は家を出て、町外れを目指す。町外れの崖から空に向かって飛び立つ為に。崖が見えてきたところで、少年は駆け出す。雲も霧も無い青い空に向かって飛び立つ為に。崖っぷちで思い切り地面を蹴り、翼を広げ飛び立った。少年は青い空をどこまでも舞い上がって行く。霧の晴れた谷底が、おびただしい数の片翼のつがいの死体で赤く染まっているのを見下ろしながら。