飼い犬の死骸からは、止め処なく鼻血が出た。
畳に敷いた新聞紙の上、ティッシュで何度押さえてもくすんだ色の薄い血がさらさらと流れた。母が、「愛されて死ぬと鼻血が出るらしい」、と聞いた事も無い迷信を教えてくれた。
その血は、日向の埃のような、紅茶のような、不思議な匂いがした。
その匂いの中並んで横になり、余所余所しく馴染みのない温度の体がやがて固く固くなり、そして解けるように頼りなく柔らかになっていくのを、一晩中撫でたり抱いたりして過ごした。
見開かれたままの瞳は、表面の水分を失い輝きの無い虚ろな色をしていた。触れれば指先に表皮がぺちゃりと引っ付いてしまいそうに見えたので、何度も瞼を下ろそうと試みたのだけれど、すぐにやんわりと開いてしまう。
そして、何事も無かったように夜は明けた。嫌に天気が良い日だった。
それから何日経っても、鼻の奥にこびりついた日向の埃のような紅茶のような匂いは消える事がなく、あらゆる物からその匂いがした。鼻をかもうと鼻先に充てたティッシュから、朝開こうと翻えしたカーテンから、回答を終えて裏返すテストの藁半紙から、いつでも、どこでも、その匂いはした。
もう十年近くも前のことだけれど、今でもたまにふとその匂いがする。