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作り話
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JET戦兵―作り話


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2003/3/28(金)
   お花見

お花見に行きたいなぁ。

恋人でも親友でもない、あなたと、お花見に行きたいのです。
場所は、人の多いお花見の名所は避けたいですね。静かに桜を眺めたいもの。それに、「桜の名所なんてものはない。美しいと思う桜は人それぞれだ。」と桜守りのおじさんも言っていました。ですからひと気のない静かで、かつ立派な桜の木のあるところに行きましょう。

お弁当は任せて下さい。これでも料理は多少はできるのですよ。スタンダードに、おにぎり、卵焼き、唐揚げなんかを詰めましょう。おにぎりに桜の塩漬けをあしらうのも良いかもしれない。デザートには、三色団子も良いけれど、桜餅を食べたいなぁ。あの塩味のきいた、良い香りのする葉っぱが大好きなのです。そして水筒にたっぷりの熱い緑茶。和菓子にはこれがなくっちゃあ。

お弁当もゴザも私が用意しますから、あなたはお気に入りの本と、何か暖かい羽織れる物を持っておいでなさい。春とはいえ、桜の木の下は日陰になりますし、じっと座っていると案外冷えてくるものです。体の温まるお酒を持っていくのも良いかもしれません。私は日本酒は苦手なので、途中コンビニでウイスキーの小さい瓶でも買って行くとしましょう。

お昼前に待ち合わせをして、お昼には桜の木の下に到着です。そしたらまずゴザを広げて、お弁当を食べましょう。恋人でも親友でもないので、お互い殆ど会話も無く、たまにおにぎりの塩加減だとか、当たり障りのない事を話すだけ。あとは黙って桜を見ながら食べるのです。たまに白い花びらがお茶の中に舞い落ちて、その時だけ二人で小さく笑うのです。

食事を終えたら、黙ってそれぞれお気に入りの本でも読みましょう。太い樹の幹にもたれて、そこに自分しか居ないかのように黙々と本を読みましょう。私は途中買ってきたウイスキーをちびちびやりながら読むとします。途中首が疲れたら、思い切り天を仰ぎ見るのです。そこには白に近い薄紅色の桜の天蓋。しばし眺めた後、私はふいに話しかけるのです。

「桜、綺麗ですねえ。」

そしたらあなたも顔を上げ、桜を眺めつつ私の言葉に耳を傾けるのです。

「桜はどうしてこんなに美しく見えるのか、考えていました。
そうして気付いたんですがね、桜は―ソメイヨシノに限りますが―葉っぱが無いのですよ。花が散れば葉が出てきますが、この花の盛りに桜は葉をつけないのです。だから、樹が花のみで飾られて、こんなに美しく見えるんじゃないかと私は思うのです。

他にこんな植物がそうあるでしょうか。
花しかないタンポポ。花しかない菊。花しかない椿。
私があまり花に詳しくないせいもありましょうが、ぱっと思いつく限りで、葉をつけずこれ程花をびっしりとつける植物は他に思い当たりません。

植物というものは、大抵葉で光合成とやらを行なって精力を得ているのでしょう?ならば桜は、葉をつけずにどうやってこれ程見事な花を咲かせるのでしょう。きっと、花を咲かせるには、とてつもない精力が必要だと思うのですよ。

ああ、梶井基次郎が言うように、桜の一本一本の樹の下には屍体が埋まっているのかもしれませんね。そうでもなきゃ光合成もせずにこれほど見事な花を咲かせられる筈がないもの。」

自分の言葉で納得がいった私は、再び本を読みはじめます。あなたもまた本の続きを読みはじめます。そのうち少し冷えてきたら、私はお気に入りの膝掛け毛布を肩に巻くでしょう。あなたも持ってきた上着を肩に羽織るのでしょう。そうして辺りは再び静かになり、鳥の声、桜のざわめき、本の頁を捲る音だけが時折のどかに聞こえるのです。

どれほど時間が経ったのでしょう。肩に巻いた膝掛け毛布の上から冷気が沁み込んでくるのに気付き、私は顔を上げるのです。辺りはもうすっかり夕暮れて、空は夕焼けに染まっていたのです。

「そろそろ帰りましょうか。」

そう声を掛け隣を見ると、さっきまでそこに居たあなたが居ないのです。あなたの座っていた辺りには、あなたの羽織っていた上着が所在無く落ちているばかり。

本を読むのに飽きて先に帰ってしまったのだろうか。せめて一声掛けてくれれば良いものを。

そう思いながら私は独り帰り支度をするのです。そうしてあなたの上着を拾いしばし思案するのですが、恋人でも親友でもないあなたの連絡先を私は知らないもので、手近な桜の枝にそれを掛けて置くことにするのです。

すっかり支度を整えた私は、見納めに今一度天を仰ぎ桜の天蓋を眺めるのです。その柔らかな天井は、昼間見たときより幾分赤味が増しているように見えるのですが、きっと夕焼けの色が映ってそう見えるのでしょう。
昼間見たときより随分妖しく美しく見えるのは、きっとそこまで来ている宵闇のせいなのでしょう。